私事ですが、先日、あべのハルカス美術館で行われていた「北斎ー富士を超えて」という展覧会を見に行ってまいりました。
北斎、というと昔、某お茶漬けの素メーカーのおまけカードとしてついてきていた浮世絵?(絵のジャンルに明るくなく間違っていたらすみません)で少し見知っていて、あとは富士山の絵で有名な、くらいな感じの認識だったのですが、なんとなく楽しそうかな、と思って最終日に足を運んできました。
会場に到着すると、思っていた以上に大盛況。入場券を買ってから整理券をもらって、入場時間まで2時間ほど待たなければなりませんでした。(その間、近鉄百貨店のグルメ催事で楽しんではきました)
入場してからも会場の中は人でごった返し、人気の絵の前には3重4重に人が並んでいて、正直「こんなもみくちゃにされてまで絵を見る必要があるのか」とドン引きしてしまい、ちょっと意気消沈でした。
それでも奥に進むと人のかたまりもばらけ、一つの作品を比較的ゆっくり眺められるようになり、展示されている絵の内容について説明や、北斎の生涯についての解説など文章をゆっくり読む余裕もできてきました。
わたしは芸術にはまったく明るくなく、アートを理解するセンスは自分にはない、とは常々思って入るのですが、そんな私でも着物の小さな柄の一つ一つ、束ねられた稲の一本一本まで細かく細かく描かれている北斎の絵は、とても見ごたえがありました。
あと、なんとなくですが、描かれている人物や生き物が、なんだか楽しそう、というか生き生きして見えたのです。
絵柄的にも現代の漫画に通じるものがあり、親しみが持て、結果的にはとても楽しく面白い展覧会でした。
と、なぜこんなプライベートの遊んできた話をブログに書いているんだ、とそろそろ突っ込まれそうなので本題です。
この展覧会で北斎の人生についての解説されている一部分に、とても印象深いものがありました。
北斎は92歳、という江戸時代としてはとんでもない長生きをした人物だそうです。
そんなご長寿の北斎さん、88歳を超えたときから、絵の仕上げにサインとともに押す印に「百」という一文字を使うようになったそうなのです。
理由は
「百まで生きてもっともっとうまく絵を描けるようになりたいから」
そう解説には記されていました。
なんだかこれを読んだときに、すごいなぁー、と単純に思ったのです。
この仕事をしていると、患者さんの中には
「早くお迎え来てほしいわ」
なんて少し寂しい言葉をおっしゃる方が少なからずいらっしゃいいます。
でもそうおっしゃる理由もわからなくはありません。
長く生きていると、その間にお友達や家族を亡くされ、身体は以前のように自由が利かなくなり、心寂しくなり、先だたれた方にお迎えに来てもらいたい、という気持ちになるのも仕方がないと思います。
そういった方たちと接することが多い私にとって、この北斎という人の生き様は、とても新鮮に感じられました。
でも同時に、とても当たり前のことだな、とも思いました。
人間、生きて、やりたいこと、があれば当然生きていたいと思うものです。
患者さん達だってそうなのです。
そんなたいそうな目標でなくても、生きていたい、と思えるような希望が持てるようなお手つだいができたらな、と改めて思った芸術の秋なのでありました。
担当ーN